akari's diary

日々想うこと

蘇るレムリアの記憶

先日、4年ぶりくらいにハワイに行きました。

 

本当に素晴らしかった。中々とれなかった飛行機のチケットも、何度もキャンセル待ちが期限切れになっていて、諦めかけた渡航日の1週間前くらいに奇跡的にとれたりして。

 

今回ハワイに行くのは5回目とかだけど、初めて住みたいかもって思ったくらいに、エネルギーの拡大を感じた。

(いやぁ物価が高い…!)

 

ハワイに行ってからというもの、全ての出来事が完璧で必要な旅であったことを感じててね。

 

そしてレムリア時代の様々な記憶が思い出され、そこからの叡智と気づき、解放が起こってる。

 

もうなんか不思議すぎて、私は色々と精算するために、今回ハワイに行ったなぁとそんなことを思ったりしています。

 

 

そして帰国してから、本屋さんで「レムリアの真実」という本を手に取って、そこに書かれてた記述に、驚きハッとした。

 

 

レムリア大陸が沈み行く時、大陸が沈むことを知っていた聖職者たちは、自分の持ち場を離れず、祈りの歌を歌いながら、水が口に入りながらも歌い続け、大陸と共に沈んでいった。

 

こうしたことにより、大洪水による人々の恐怖が和らぎ、人々のオーラにそれほどの傷跡が残らなかった。

 

 

そんなことが書いてあったのね。

 

レムリアは、アトランティスの人たちと対立して、戦争を起こし、どちらの大陸も最終的に沈んで行ったのだけど、この記述を読んだ時に、うわーってなって、涙が出てきた。

 

実はハワイに行く前に、レムリアの時の記憶を見ていて、その時見たのが、

 

大洪水が起きる中、その光景を真下に見ながら、歌を歌っている人の姿だった。

 

後ろを振り向かず、あなたの歌を歌い続けよ

 

そんなメッセージだったのだけど

ああ、私、聖職者の1人だったかーって納得がいって、なんか涙がじわぁって出てきた。

 


そして私は、多分レムリアで何度も転生してるけど、この時代にものすごい沢山のカルマを背負ったということも、ハワイから帰国して気づいた。

 

大陸を沈ませてしまった怒りと悲しみ、無力感、罪悪感、

 

自然と母なる大地を汚してしまったことへの悲しみと申し訳なさ、

 

正しさへの固執

 

自己犠牲

 

まだまだあるのかもしれないけど、私の持つ、多くのカルマがレムリアに起因するかもしれないと、なんかハッとした。

 

大陸が沈むまで祈りの歌を歌い続けた行為は、多くの人の傷を和らげ、それはある意味、愛ある行為で

 

良い悪いという観点で言うならば、良いカルマを積んだことになるんだろうけれど、

 

それは同時に、自己犠牲という、かなり大きなカルマを背負ったことでもあることに気づいた。

 

でもこの聖職者たちは、カルマを背負うことを知っていて、それら全てを覚悟して、レムリアに残ることを決意し、沈みながらも歌い続けたんだなと思ったの。

 

言葉にすれば、とても勇敢な魂ですね、愛ある行為ですねって話なんだけど、なんかこれはすごい重いなぁって感じた。

 

私にとって、自己犠牲や相手の期待に沿うようにするというのは、今世でも大きな課題となっていて、

 

ああ、ここが起因だったんだねぇってなったのね。

 

しかもその他の多くの過去世で、聖職者やら戦士やら、正義感あふれるリーダーみたいなものをやってきたから、こういう転生を繰り返して、カルマを解消していくことを予めわかってたんだなぁと

 

この時、全てが繋がったの。

 

みんなのために勇敢に戦う!

 

この感じが、いかにも私っぽいなぁと思って、今、全体図を見ると、なんか笑けてしまうw(こういうストーリー好きよねぇって思うのw)

 

 

そしてレムリアも含めた全ての過去世の体験を見ていて共通するのは、

 

「正しさ」への執着

ということな気がした。

 

 

そう気づいた時に、こんな声が聞こえてきた。

 

 

あなたがどうしても手放したくないその正しさは、戦いしか生み出しません。

 

正しさは、

 

あなたのエゴを膨らませ、

勝ち負けを争い、

あなたとあなたの大事な人々を傷つけるでしょう。

 

それは、血の海を生み出すことに他なりません。(あなたも人魚の時、体験しましたね?)

 

私は正しい!

私のプライド!

私はこれまでこうやってきたのだから!

だからお前は間違っている!

 

こういったあなたの正しさからくる主張は、対立を生むだけです。

 

世の中に起きている戦争は、自分の生活には直接そんなに関係ないと思っていても

 

そんな風に大規模な戦争に加担していないから、自分は大丈夫だと思っていても

 

あなた中に、小さな戦争が起きています。

マクロはミクロ、ということは、そういうことです。

 

正しさは、あなたの本当に純粋な思いを霞ませます。

 

あなたはただ、あなたの大事な人の笑顔が見たかった。

 

周りの人々が、幸せに笑う、調和した世界をただただ、見たいだけだった。

 

あなたはただ、心地よく、気持ちよく暮らしたいだけだった。

 

ただ、愛し、愛されたいだけだった。

 

そんなシンプルで純粋な思いが、

正しさというものを盾にした途端に、霞み、消えていきます。

 

あなたの正しさを振りかざすのではなく、

どうか、あなたのその、本当に純粋な思いに光を当ててください。

 

 

気づいたら日常の小さなことで、

 

私は正しい!あなたは間違ってる!

 

そんな風なことやってるなぁと思い出した。ふとした瞬間に出てくるのね、こういうのは。

 

思えば、産後の母親との対立も、お互いの正しさの主張だった気がするし、

 

私の長年悩んできた自分の完璧主義も、自分で勝手にもうけた、正しさからくるものだったなぁと思った。

 

そう思った時、なんか完璧にやろうとすることも、そういえばハワイに行ってから、どうでも良くなってるなぁなんて気づいた。

 

だって、完璧にやろうとしなくても、私はいつだって素敵なものを作るしw、

 

何かを失敗せずにやらなければ!と怯えなくても、

 

私は失敗しようがしまいが、今、生きれているって思ったの。

本当に大したことない、しょうもないことを勝手に大きくして勝手に怯えていたんだということになんか気づいた。
そもそも失敗も、私が勝手にもうけた定義だ。)

 


レムリア大陸は物理的には沈んでしまった。

 

母なる地球を汚してしまった。

 

でも私はその時、私ができるベストをやり尽くしたんだ。

 

これはひとつの、壮大なストーリーであり、ひとつの貴重な経験だった。

 

 

私はもう、正しさを盾にする必要はありません。

正しさで、みんなの笑顔と幸せを守る必要もありません。

 

 

ただただ、愛に溢れ、みんなが笑顔で輝き、調和した世界であってほしい。

 


私の純粋な思いはいつだってそこにある。

そこに焦点を当てていこう。

 

そしてその愛溢れる調和した世界が、私が見るひとつの、未来のビジョンでもある。

そこから時が流れるのを感じよう。

 

ハワイへの旅は思いがけず、色んな宝物を見つける旅になった。

 

まだまだ他の記憶も思い出したりしたから、いずれまた書いていこうかな。